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                              (side 大石)




手塚が俺の家に来るなんていつ以来だろう・・・


急に訪れた手塚の事を考えながら、お茶を用意する。

訪れたのが英二なら、ジュースを入れてお菓子を添えてってなるんだけど、手塚はジュースよりお茶派だ。

それもうな茶が好きらしい。

だけど流石にうな茶は無理だから、いつも熱いお茶を入れて出していた。


夏でも熱いお茶って・・・手塚らしいというか・・・


苦笑しながら、見つけた茶筒を手に取って、茶葉を急須の中に入れ、沸騰したお湯を注ぐ。


しかし明日は九州に発つって言うのに、どうしたんだろう?

学校で散々今後の話はした筈だし・・・

俺と別れた後で竜崎先生とまた何か話があったのだろうか?


手塚=部活の話

俺の中ではそう決まっていて、急な訪れもその事だと思っていた。

思い込んで疑わず、頭の中ではもうあれこれと今後の話について考えていた。

手塚の抜けた後のオーダー、後輩達の事・・・

まさか手塚があんな話を俺にするなんて思わなくて・・・

手塚の覚悟を知らず・・・想いも知らず・・

この時の俺は呑気に構えて、入れたお茶を持って自分の部屋へと向かっていた。






二階に上がると、部屋の戸は開けっ放しになっていて、そのまま入ると手塚は立ったままアクアリウムを見ていた。



「お待たせ手塚。んっ?何だ・・・アクアリウム見ていたのか」



声をかけると、手塚は振り向いて『あぁ』とだけ相槌をうち、またアクアリウムに視線を戻す。

俺はトレーを机の上に置くと、手塚の横に並んだ。



「そういえば、手塚は来るたびにアクアリウム見てたよな」

「そう・・・だな」

「気に入っているなら、手塚もやってみればいいのに。やり方なら教えるぞ」



同じようにアクアリウムを覗きながら話しかける。

1年の頃。手塚の『釣りが趣味』って言う話を聞いて、手塚も魚が好きなんだって思い、家に呼んでアクアリウムを見せた事があった。

後でよく聞くと、釣るのが好きって事だったんだけど、その割には家に来た時には必ずと言っていいほどアクアリウムを覗いていた。



「いや・・・遠慮しておく。左腕がこんな状態だしな・・・それにやらなければならない事もたくさんあるのでな」

「そうか・・・そうだよな。すまなかったな手塚。まずはちゃんと左腕を治す事が先決だよな」



確かに・・・気分転換になればと思い言ってみたが・・・今はそれどころじゃないよな。

それを俺は・・・駄目だな・・・

俺は小さく笑って、気分を引き締め直して手塚を見据えた。



「それで今日はどうしたんだ?明日の九州行きの事で何か問題でも起きたのか?」

「問題と言う程のものでもない・・・只九州に行く前に、俺の話をお前に聞いてもらいたいと思って来た」

「手塚の話?」

「あぁそうだ」

「わかった。じゃあ座ろう。それでゆっくり聞くよ」



俺は小さなガラスのテーブルを出し、その上にお茶を並べて手塚に座るように促した。


手塚の話・・・

部活のテニスの話ではなく・・・手塚の話。

腕の事かと思いながら、俺は手塚の向かい側に胡坐をかいて座った。

手塚も同じように胡坐をかいて、神妙な面持ちでお茶を一口飲む。



「大石・・・」

「なんだ?」



珍しく話すのを躊躇する手塚に、俺も真剣に耳を傾ける。

ジッと手塚が話し出すのを待った。



手塚がここまで戸惑う話だなんて・・・

想像以上に左腕の症状が重いのだろうか・・・

もし手塚の話が、全国大会に出れないと言う話だったら・・・

いや・・・そんな筈は・・・

これから治療を始めるのに、手塚に限ってそんな諦めた言葉を出すとも思えないが・・・



一抹の不安を抱きながら手塚を見ると手塚は一度目を瞑り、そして真っ直ぐ俺を見つめた。



「大石・・・俺はお前にずっと黙ってきた事がある」

「俺に黙ってきた事?」

「あぁ。そうだ。1年の頃からずっと想い続けてきた・・・お前の事を」

「えっ?なんだって・・・?」



黙ってきた事・・・一体何を・・・?

と思った後に続いた言葉は、すぐには理解出来ない事だった。


俺の事を想い続けていた・・・?

どういう事だ?

手塚は何を言いたいんだ・・?


顔に困惑の色が出たのだろう。

今度はハッキリと意味のわかる形で告げられる。



「俺は、お前の事が好きだ」

「てっ・・・づか・・・・・」



今度は手塚の言いたい事がハッキリと理解できた。

手塚が・・・・俺を?

でも俺には英二がいて・・・手塚だってそれは知っている筈だ・・・よな・・・

最初は自分の想いを、二人の特別な関係を隠していたが、今じゃレギュラー陣には俺達の仲は公認といった形になっている。

俺もみんなといる時は、普段の様には隠していない。

もちろん手塚にだって・・・

それなのに・・・いやそれでも・・・なのか・・・?


頭の中をグルグルと色んな想いが駆け巡る。

手塚になんて声をかければいいのかわからない。

俺にとって英二は特別で、英二以外の誰かなんて考えた事もない・・・

だけど・・手塚だって俺にとっては、大事な仲間で英二とは違う意味で特別な存在だ・・・

それをどう伝えればいい・・・?

いや・・・どう伝えてもどんな言葉でも結局は手塚の想いには答えられないって事になる。


俺が言葉に困っていると、手塚がまた話始めた。



「大石。お前の答えは聞かなくてもわかっている。わかっていて伝えた。

伝えた事がお前の重荷になってしまう事も考えたが、それでも・・・

明日九州に発ち、この先前に進んで行く為にも、出きればちゃんと返事を貰いたい」



手塚が真っ直ぐに俺を見つめる。


わかっていて伝えた・・・

この先前に進んで行く為にも、出きればちゃんと返事を貰いたい・・・


手塚の言葉が、俺の胸に重く圧し掛かる。

それは手塚の想いと覚悟が言葉からも、俺の目を真っ直ぐ見つめる目からも取れたからだ。



慰めや同情・・・そんなんじゃ駄目だ。

手塚が求めている言葉をちゃんと返さなければ・・・

手塚の想いに答えられない分・・・しっかりと・・・



俺は避けていた目線を手塚に向け、掌を握り締めて重い口を開いた。



「手塚・・・俺は英二が好きだ。英二以外は考えられない」

「わかった」



そう答えた言葉は、いつも通りの手塚の口調だったが、顔は力なく微笑んだように見えた。

その微笑がまた俺の胸に圧し掛かる・・・



「・・・手塚」

「すまないな。こんな事を申し出てお前の気持ちを動揺させるような事をした。

しかしこれで心置きなく九州で治療が出来る。ありがとう大石」



そして手塚は立ち上がり、鞄を肩にかけた。話は終わったと言う事なのだろう。

手塚はここへ今までの想いを断ち切りに来た・・・

ケジメをつけに来たって事はよくわかったけど、どうしてもこのまま帰す訳には行かない。

そう思うと言葉より先に手が出ていた。



「ちょっと待ってくれ!」



手塚の腕を勢いよく引くと、バランスを崩した手塚は俺にぶつかり、俺は机にぶつかった。

ガシャンという音と共に、机の上にあったフォトスタンドが落ちる。



「手塚。上手く言えないけど、俺達は仲間だよな」

「当たり前だ」



俺の問いに手塚はすぐに答えた。

仲間・・・こんな事しか言えない俺を手塚がどう思うかわからないが・・・

手塚は俺の大切な仲間なんだ。

それは出会った時から変わらない。

今までも・・・これからも・・・

それをどうしても伝えたかった・・・



「約束・・・覚えてるか?」

「約束?」

「全国へ・・俺達の代で全国へ行こうって約束」

「覚えている」

「あの約束、必ず守るから、しっかり左腕を治して帰ってきてくれ・・待ってるから・・・

手塚の戦う場所を用意して待ってるから」

「あぁ。わかった。必ず治して戻る・・・それまで青学を頼む」

「わかった」



全国へ・・・1年の時に交わした約束・・・絆

それは部長と副部長になった今も変わらない。


俺は握っていた手塚の腕を離した。

手塚は鞄を肩にかけなおすと部屋を出て玄関へと階段を下りる。

俺も何も言わず手塚の後に続いた。

そして玄関に着いた時に、もう一度声をかける。



「明日はみんなで見送りに行くから」

「あぁ」

「手塚・・・その明日も言うと思うけど・・・気をつけて九州に行って来いよ」

「あぁ。わかっている。大石、今日はすまなかったな。じゃあまた明日会おう」

「あぁ。また明日・・・」



手塚は俺の目をみながら頷いて見せて、そのまま玄関を出た。

その目には、もう哀しさや迷いは見えなかった。

いつもの力強い手塚の目をしていた。


手塚・・・


俺はじっと手塚の背中を見送った後、自分の部屋へと向かった。

部屋に入るとそこには手塚と飲んでいたお茶がそのままテーブルの上に残っている。

それが目に入った時、さっきまでの光景がフラッシュバックした。



手塚が・・・俺の事を見ていたなんて・・・

俺は全くお前の想いに気付かず、どれだけお前を傷つけたんだろう・・・

知らなかったとはいえ、俺の無責任な態度がお前を苦しめていたんじゃないか・・・

それなのに俺は手塚の想いに答える事も出来ず、結局は手塚の強さに甘えた。

お前のケジメに便乗して、謝る事もなく・・・

本当にすまない・・・

口に出しては言わない・・・この言葉を手塚が望んでいない事はわかっているから

だけど今は・・今だけは・・・心の中だけでも謝らせてくれ


そして俺が手塚に出来ること・・・仲間として副部長として・・・

全国へ・・・何が何でもこの切符だけは必ず取る。

あの時の約束は必ず守るから・・・

早く左腕を治して青学に戻ってこいよ。

そして青学を全国優勝させよう。



心の中で誓った後、コップを片付けようとしたら、机から落ちたフォトフレームが目に入った。


あっ・・・・


さっきは手塚の事でいっぱいで、フォトフレームが落ちた事に気付いていたのに、拾うのを後回しにしたんだった。


英二・・・ごめんな・・・


フォトフレームを拾い上げると、留め金がずれて中から写真とガラスの板が滑り落ちた。

俺は急いで、それを拾い直す。

『大丈夫だよな?壊れてないよな?』ガラスの板をチェックして、フォトフレームに戻した。

そして次に写真を拾い上げる。


大好きな英二の写真・・・だけど今この写真を見るのはツライ・・・

俺の中で今日・・・小さな決意が芽生えたから・・・

青学が全国大会に駒を進めたら・・・

手塚が全国大会に間に合ったら・・・その時に俺は、英二を裏切る。


英二が怒る事も、悲しむ事も、容易に想像できるけど・・・

俺が手塚にしてやれる事は、全国を狙えるベストメンバーを揃えてやる事ぐらいしかない。


英二・・・本当にすまない・・・勝手に決める事・・・1人で決める事

だけど関東大会だけはダブルスとしてしっかりやるから・・・

たとえ試合に出なくても、ずっと側にいるから・・・


心の中で謝りながら、写真を収めた。

その時に写真の裏に、何かが書かれているのに気付いた。



「何だ?」



もう一度写真を手に取って、写真の裏に目を近づけた。

その字は鉛筆で書いたからか、薄く読み難かったけど目を近づけるとしっかりと読み取る事が出来た。



『 大石へ

目指せ!全国No1.ダブルスペア!!いつもいっしょだぞ!!

                             英二より 』



そして最後に写真の隅に書かれた言葉



『PS. 愛してるよ』



!!!!!!!

一瞬心臓が止まった・・・

こんな事が書いてあったなんて知らなかった。

誕生日に貰ったそのまま飾ってて・・・

英二も何も言ってなかったから・・・


どうしよう・・・どうすればいいんだ・・・

今決意したばかりなのに・・・心が揺らぐ

英二の笑顔が浮かんで、あの日の事を思い出す。

俺の誕生日・・・英二が突然開いてくれた・・・サプライズバースデー

英二に出会えて良かったって再確認した日

『愛してる』

英二の声が聞こえた気がした。



英二・・・

俺だって英二の事・・・愛してる・・・愛してるんだ

けど・・・だけど・・・俺が手塚にしてやれる事は・・・

クソッ・・・・英二・・・



この日から俺は英二に言えない苦悩を抱える事になった。






悩める大石・・・決して優柔不断では・・・


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